芭蕉堂ネタが終われないの巻
2020年 08月 21日
この話の続きです↓
前回、芭蕉の館の平井館長より、「昭和20年代に引っ越ししたよ」と有力情報をもらうも裏付けがなかったんですが、知人が昭和6年の住宅地図の一部を送ってくれました。それがこちら↓

ちょっとわかりにくいかな…上が温泉街になります。 地図をひっくり返すとわかりやすいかも。 温泉街から黒谷橋を渡り、鶴仙渓と旧四十九院トンネルに向かう道の三叉路に芭蕉堂があったのがわかります。

ちなみに句碑は芭蕉堂の右側ってことで、↓これですね。 
でね、昭和20年代に引っ越しと言っても正確にはいつだったのかが気になり、芭蕉の館へ展示資料を調べに行ってきました。
↓外は暑いですが、館内はちょっと涼しかったです。 ここも山中温泉アイスストリートののぼり旗が立っているのだ。抹茶がたっぷりかかった「抹茶でアフォガート」美味しいですよ。 
芭蕉の館の2階に芭蕉堂の模型がありました。2階の展示室なんてめったに行かないから 知らなかった。
芭蕉堂誕生100周年記念に作られたそうで、製作は模型作家 山下友義氏(山中出身 東京在住) 
これで、スッキリしたと思ったんですがね…
句碑が左…しかも芭蕉堂の横にどこに向かうのか不明な階段もある。しかも画像ではわかりにくいですが 「庵蕉芭 所名中山」と書かれている。右読みなので、戦前の絵はがき。 ↓こちらの方がわかりやすいかも。 
しかも先ほどの住宅地図からすると、少なくとも昭和6年以前のものになりますよね。で、推測すると どうやらこれが創建当時(明治43年)らしいんですが、これどこに立ってたのかさっぱりわからん。平井館長も「?????」 明治43年(1910)から昭和6年(1931)の20年の間に何があったんだ~

やっとスッキリしたのに、また疑問が増えました… ってことで、まだ終わらない芭蕉堂ネタ…
この話の続きです↓
第1回 芭蕉堂が変わった?の巻→https://choraku.exblog.jp/240493815/ 第2回 芭蕉堂って引越しした?の巻→https://choraku.exblog.jp/240497282/ 第3回 芭蕉堂でええ加減な憶測をしてみたの巻→https://choraku.exblog.jp/240498837/ 第4回 実はまだ続いていた芭蕉堂ネタの巻→https://choraku.exblog.jp/240521042/ 第5回 芭蕉堂ネタが終われないの巻→https://choraku.exblog.jp/240538535/ 第6回 芭蕉堂のお引っ越しネタが終わりそうにないの巻→https://choraku.exblog.jp/240551634/ 第7回 芭蕉堂のお引っ越し 気が付けば第7回の巻→https://choraku.exblog.jp/240553322/ 第8回 芭蕉堂の引っ越しネタを書こうと思ったんですがついつい違う方向にの巻→https://choraku.exblog.jp/240568155/ 第9回 芭蕉堂のお引っ越しをまとめてみたの巻→https://choraku.exblog.jp/240586287/





その展示資料の中に、「昭和25年道路拡張工事の為、現在の場所に移された。」と書いてある。
昭和30年4月、県道・動橋・山中線 黒谷峠、四十九院道路の改修完成なので、それに合わせて移設されたようです。
昭和30年4月、県道・動橋・山中線 黒谷峠、四十九院道路の改修完成なので、それに合わせて移設されたようです。
って事で、これまでの流れを整理すると、明治43年 金沢の俳人 渡辺萎文が中心となり芭蕉を慕う全国の俳人によって建立した芭蕉堂は、昭和25年に道路拡張工事の為、現在の場所に移設されました。
これで、スッキリしたと思ったんですがね…
展示資料の中に見てはいけない絵はがきを見てしまった…
それがこれ↓



第1回 芭蕉堂が変わった?の巻→https://choraku.exblog.jp/240493815/
by choraku
| 2020-08-21 23:39
| 山中温泉

