今日の山中節 ルーツを全否定か?の巻

山中節の起源について、異説があるのをご存知でしょうか。
『今日の山中節』は、その異説について書いてみたいと思います。

山中節の起源について、山中芸妓組合のサイトにはこのように書かれています。
『日本三大民謡のひとつと数えられる「山中節」は、元禄の頃から唄われ始めたと伝えられています。
日本海を往来した加賀の北前船の船頭さんが、
習いおぼえた北海道の松前追分や江差追分をお湯に浸かって口ずさみそれを聞いた浴衣べが、
山中なまりで真似たのが「山中節」の始まりと言われています。
当時は「湯座屋節」とも呼ばれておりました。』

私も、このように教えられましたし、広く定説になっています。

では、他の文献には何と書かれているでしょうか。
ここに、昭和34年発刊の山中町史があります。
『第三章 言語文化 第一節 うたとおどり 山中節』(545頁)を見ると、

『北陸民謡の代表として知られ、温泉歌謡としても断然他を圧する山中節も、
その起源はさっぱりわからない。(中略)
その切々たる哀調から、北海道の追分節との関連が考えれ、江戸末期から橋立あたりの船頭衆が上客であったところから、彼らが口ずさんだ追分調の歌曲が転訛したものであろう、というのが通説となっている』

冒頭からかなり衝撃的です。
おそらく北海道の追分節と関係があると考えられるが、さっぱりわからないというのです。


1970年に発売された、民謡界の重鎮 中村清悦(1925-2011)のレコードに、永井白湄氏による山中節の解説が載っています。

中村晴悦 ‎– 越中おわら節 / 山中節(King EB-5073)
今日の山中節 ルーツを全否定か?の巻_a0041925_00080099.jpg


永井白湄(1895-1974)は、「十日町音頭」などで知られる大作詞家。
こんにちの日本民謡の発展に大きく貢献した巨星でもあります。
その解説が、

『山中節は、漁師が江差追分を移入したものなどという人もありますが、
決してそんな新しいものではなく、
やはり附近の古い盆踊り甚句の変化したもので、
特殊の温柔な環境に育まれ、
温泉気分にふさわしい情緒纒綿たる流麗な曲調に完成されたと考えるのが、
正しいと思います。』

なんと北前船説を全否定しているのです。
この方の解説は、このレコード以外にも いくつも執筆していますが、そのどれもが否定しています。

ということで、まだまだ続きます。


by choraku | 2021-02-27 00:49 | 今日の山中節

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