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    <title>山中温泉のてんこもり:今日の山中節</title>
    <category domain="http://choraku.exblog.jp/i20/">今日の山中節</category>
    <link>http://choraku.exblog.jp</link>
    <description>北陸山中温泉のネタをだらだらとアップしてます。どうぞよろしくお願いします。</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:creator>choraku</dc:creator>
    <dc:rights>2025</dc:rights>
    <pubDate>Thu, 14 Aug 2025 22:03:48 +0900</pubDate>
    <dc:date>2025-08-14T22:03:48+09:00</dc:date>
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      <title>山中温泉のてんこもり</title>
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      <description>北陸山中温泉のネタをだらだらとアップしてます。どうぞよろしくお願いします。</description>
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    <item>
      <title>今日の山中節　広田百豊展に行ってみたの巻</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/244550429/</link>
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      <description><![CDATA[この話の続きです↓<br />
<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その1↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241539403/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その2↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241542864/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その3↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241543808/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その4↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241546311/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その5↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241549532/<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
2022年に、<br />
山中温泉出身の日本画家　広田百豊が描いた『山中の湯』。この絵画がどこにあるのか、私なりに調べてみたってブログを書きました。<br />
ちなみに、広田百豊とは、明治から昭和初期に活躍した日本画家。人物画や動物、風景の描写に優れており、<br />
特に、郷里の女性や風景をモチーフにした作品は、極めて高く評価されております。<br />
浴衣べを描いた『山中の湯』もまさにそのひとつと言えます。<br />
医王寺住職さんが以前、「この絵画は山中節を語るうえで大変貴重なもの。いつかパネルではなく現物を山中温泉に飾りたい。<br />
ただ、どこにあるのか、誰が所有しているのか全くわからない」と仰っておりました。<br />
ここまでが、前回までのお話です。<br />
<br />
<br />
今年7月26日から8月31日まで加賀市美術館にて、「没後70年 広田百豊展」が開催されています。<br />
この展覧会にあわせて、多くの広田氏の作品をご家族から加賀市へ寄贈がされたそうで、<br />
75品もの貴重な作品が展示されています。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/14/25/a0041925_21075131.jpg" alt="_a0041925_21075131.jpg" class="IMAGE_MID" height="686" width="500" /></center>この展覧会は、なんと自由に撮影をしてもOKなんです。それで、SNSでどんどん拡散してね　って事でした。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/14/25/a0041925_21075610.jpg" alt="_a0041925_21075610.jpg" class="IMAGE_MID" height="294" width="500" /></center>ほんとに見ごたえのある展覧会です。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/14/25/a0041925_21075443.jpg" alt="_a0041925_21075443.jpg" class="IMAGE_MID" height="230" width="500" /></center><br />
そして、一番見たかった『山中の湯』がありました。ところが・・・<br />
↓画像の右は、当時売れていた絵葉書の複写です。ここには、当時頒布されたと思われる絵葉書。「山中の湯」の原色図版の掲載は、いまのところこの絵葉書のみである。と、書かれています。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/14/25/a0041925_21080004.jpg" alt="_a0041925_21080004.jpg" class="IMAGE_MID" height="264" width="500" /></center>↑そして、画像の左が、それの下絵でした。<br />
↓山中の湯　大正3年、第8回文部省美術展覧会出品の下絵<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/14/25/a0041925_21080246.jpg" alt="_a0041925_21080246.jpg" class="IMAGE_MID" height="312" width="500" /></center>下絵は、展示されていたんですが、実物にはお目にかかれず・・・。残念です<br />
↓広田百豊さんです<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/14/25/a0041925_21080419.jpg" alt="_a0041925_21080419.jpg" class="IMAGE_MID" height="624" width="500" /></center><br />
結局、実際の絵画「山中の湯」は、どこにあるのかわかりません。<br />
絵葉書の複写に書かれている但し書きの<br />
”「山中の湯」の原色図版の掲載は、いまのところこの絵葉書のみである。”<br />
ってことからも、加賀市もわからないってことなんでしょう。<br />
<br />
<br />
って事で、とりあえずこの話は続く。（次回がいつになるかわかりませんが・・・）<br />
<br />
<br />
<br />
ご興味のある方は、8月いっぱいまで開催中ですので、ぜひご覧ください。<br />
とても見ごたえのある展覧会でした。<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 14 Aug 2025 22:03:09 +0900</pubDate>
      <dc:date>2025-08-14T22:03:09+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　EPレコードのジャケット色々の巻　その2</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/242128120/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/242128120/</guid>
      <description><![CDATA[この話の続きです↓<br />
<br />
<br />
日本三大民謡のひとつにも数えられる山中節。これまでにも多くの演者により多くのレコードが残されています。そこで、今回はレコードの顔というべきジャケットに注目をしてみました。<br />
先般からEPレコードを整理していまして、備忘録の意味も兼ねてジャケットをご紹介、ご興味のある方はどうぞ。<br />
<br />
<br />
前回は、能登の風景のジャケットを紹介しました。今回は山中節のジャケットで一番多い『こおろぎ橋』編をお送りします。<br />
<br />
<br />
<br />
↓正調山中節・山中鉄砲獅子/加賀山昭<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/07/25/a0041925_21395950.jpg" alt="_a0041925_21395950.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center>↓山中鉄砲獅子踊り/加戸佳子（1970）<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/07/25/a0041925_21395939.jpg" alt="_a0041925_21395939.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center>上記の2枚は、発売が同じ東芝レコード。なので同じ画像が使われています。ちなみに、こおろぎ橋が今の総檜造りになったのが昭和16年。以後、昭和44年（2代目）、平成2年（3代目）、令和元年（4代目）に架け替えられました。こちらのレコードの発売は昭和45年。昭和44年に架け替えられたばかりの綺麗なこおろぎ橋がジャケットに使用されました。<br />
↓正調山中節/加戸佳子こちらも2代目こおろぎ橋が使われています。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/07/25/a0041925_21395952.jpg" alt="_a0041925_21395952.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
↓正調山中節・こいこいおどり/三代目米八（1975）<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/07/25/a0041925_21400088.jpg" alt="_a0041925_21400088.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center>三代目米八さんが、初代から米八の襲名を許されたのが昭和50年。<br />
それから矢継ぎ早に、ポリドールとビクターでレコーディングをしました。そして山中節を全国リリース。それだけ米八誕生の注目度が高かったんですね。こちらは、ポリドールから発売されたEPレコードです。ビクター盤は次回に。<br />
<br />
↓山中節/杉山貞夫（1970）こちらも2代目こおろぎ橋の画像が使われていますが、このアングルは珍しいです。しかも積雪。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/07/25/a0041925_21400008.jpg" alt="_a0041925_21400008.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center>↓山中節/川崎滝雄（1969）こちらは初代のこおろぎ橋です。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/07/25/a0041925_21395910.jpg" alt="_a0041925_21395910.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center>↓先ほどのジャケットは見開きになってまして、右手には、明月楼さん、左にはこおろぎ楼さんが写っています。（だと思うんですが・・・違っていたらごめんなさい）<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/07/25/a0041925_21493750.jpg" alt="_a0041925_21493750.jpg" class="IMAGE_MID" height="254" width="500" /></center>以上、山中節EPレコード　こおろぎ橋編でした。って事で、まだまだ続きます<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 07 Apr 2024 22:42:31 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-04-07T22:42:31+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　EPレコードのジャケット色々の巻　その１</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/242125520/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/242125520/</guid>
      <description><![CDATA[久しぶりに山中節のネタを。<br />
日本三大民謡のひとつにも数えられる山中節。<br />
これまでにも多くの演者により多くのレコードが残されています。<br />
そこで、今回はレコードの顔というべきジャケットに注目をしてみました。<br />
なんせ『ジャケ買い』って言葉があるくらいですから。<br />
<br />
<br />
先般からEPレコードを整理してまして、備忘録の意味も込めてジャケットをご紹介します<br />
<br />
<br />
<br />
↓山中節/中村晴悦（1970）<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/04/25/a0041925_21161540.jpg" alt="_a0041925_21161540.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center>↓山中節/魚棚亮子（1978）<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202404/04/25/a0041925_21161752.jpg" alt="_a0041925_21161752.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center><br />
<br />
どちらも50年余り前のレコードです。<br />
山中節のレコードジャケットは『こおろぎ橋』だったり、歌手が多いのですが、<br />
こちらの2枚はおわかりのように、能登のシンボル、見附島と白米千枚田。<br />
どちらもこの度の震災で、その姿を変えてしまったのが残念でなりません。<br />
<br />
ほんとに1日も早い復興を願わずにいられません。<br />
<br />
<br />
<br />
って事で続く<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 04 Apr 2024 21:49:36 +0900</pubDate>
      <dc:date>2024-04-04T21:49:36+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　唄いやんことハラミちゃん</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241968921/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241968921/</guid>
      <description><![CDATA[山中節のネタをふたつほど・・・<br />
<br />
<br />
ひとつめ<br />
ストリートピアノで有名なピアニスト　ハラミちゃんが「日本全国音巡り」を題して、47都道府県の民謡や市歌を演奏する企画をInstagramでやっています。で、28回目は石川県。石川県には有名な民謡がたくさんありますが、ハラミちゃんが演奏する曲はなんと山中節。こうゆうの、ほんとに嬉しいわ～<br />
↓クリックすると、インスタに飛びます<br />
<br />
<br />
こちらは公式サイトです↓<br />
<br />
<br />
ふたつめ<br />
<br />
11月5日 日曜日。<br />
10月下旬から12月上旬の寒い季節のなかでも穏やかに晴れる日のことを「小春日和」と言いますが、<br />
<br />
暖かいを通り越して暑い夏日の今日、山中座前広場では、秋の風物詩「山中節唄いやんこ」が行われました。<br />
老若男女、50名余りののど自慢が代わる代わる山中節を披露していきます。　<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202311/05/25/a0041925_21513157.jpg" alt="_a0041925_21513157.jpg" class="IMAGE_MID" height="377" width="500" /></center>今回の唄いやんこでは、急遽、書道家とのコラボ企画がありました。奥伝保持者の名人が唄う山中節に合わせて、書家の恵美さんが歌詞を書き上げていくんです。この作品は、山中座ロビーに飾られるそうです。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202311/05/25/a0041925_21513431.jpg" alt="_a0041925_21513431.jpg" class="IMAGE_MID" height="360" width="500" /></center><br />
昨年の山中節唄いやんこの模様↓<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 05 Nov 2023 22:25:05 +0900</pubDate>
      <dc:date>2023-11-05T22:25:05+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節 番外編　宝物とゴミは紙一重の巻</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241783170/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241783170/</guid>
      <description><![CDATA[自分はよく、ネットで古いレコードを買います。昨今は、サブスクで音楽を聴くようになったといえど、まだまだ解禁になっていない音源も多く特に山中節に限定すれば、有名演者による楽曲が数曲程度アップされているのが現状。需要が無いと言えばそれまでなんですが…笑<br />
と、いう事で、先日　昭和初期の珍しいレコードを見つけたので買いました。いわゆるSPレコードというやつです。<br />
ちなみに、広島県からの出品者でした。<br />
<br />
そのSPレコードって、とにかく割れやすいので、普通は、段ボールで何重にも補強をして送られてきます。それでも心配な出品者は、さらにベニヤ板などで増強してきます。<br />
ところが、今回はこんな物で補強されて送られてきました。なんと色紙です↓<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202304/19/25/a0041925_22264432.jpg" alt="_a0041925_22264432.jpg" class="IMAGE_MID" height="337" width="500" /></center>レコード盤を挟むように、一枚は、昭和55年との記載された偉い先生が書いたであろう『力』の色紙。（裏に詳細が書かれており、その先生の新聞記事の切り抜きまで一緒にありました）もう一枚は、昭和32年1月31日、旅での思い出であろう寄せ書き。<br />
で、思ったんです。おそらく、どちらも当時の所有者にとっては大切な宝物だったはず。それが、どうゆう流れかわかりませんが、広島県からSPレコードの補強材として山中温泉へ。ただ、自分にとっては、補強材以外の何物でもなく、配送が完了すればお役御免で、燃えるゴミになっちゃうんです。ある人にとっては、大切な宝物でも、別の人にとっては、燃えるゴミ。（厳密には紙ゴミなので資源ゴミですが…）<br />
私自身、古い山中節の音源を集めていて、結構な数があります。中には、当時の山中節を知る貴重な音源がいくつもあるんです。ただ、これも興味のない方にとっては、ただのゴミなんかな～と<br />
今回の一件でつくづく実感した次第です。<br />
で、決意しました。この先、息子の代に変わった際、ゴミとして捨てられないようもっと凄いコレクターになってやると…笑<br />
↓今回買ったSPレコードはこちら<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202304/19/25/a0041925_22264202.jpg" alt="_a0041925_22264202.jpg" class="IMAGE_MID" height="500" width="500" /></center>山中節　作榮　ニット―レコード　S1082-A&nbsp; (1936)昭和11年発売の山中節です。]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 19 Apr 2023 23:56:10 +0900</pubDate>
      <dc:date>2023-04-19T23:56:10+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　AIに山中節を聞いてみたの巻</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241745491/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241745491/</guid>
      <description><![CDATA[最近何かと耳にする「チャットGPT」<br />
文章で質問をすると、人工知能（AI）が自然な文章を生成して答えてくれるのです。<br />
<br />
ただ、内容によってはデタラメも多く、まだまだ注意が必要との事。<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202303/06/25/a0041925_22453522.png" alt="_a0041925_22453522.png" class="IMAGE_MID" height="204" width="379" /></center><br />
↓こちらがチャットGPTのサイトです。<br />
日本語で入力すると、なんでも日本語で答えてくれます。<br />
結構笑えて面白いです。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
では実際にどんなものか、早速やってみました。<br />
<br />
<br />
<br />
質問<br />
石川県の民謡　山中節について詳しく教えてください<br />
<br />
<br />
答<br />
「山中節」とは、石川県を中心に広く歌われている民謡のひとつで、日本の民謡の中でも有名な曲の一つです。<br />
<br />
「山中節」は、歌詞が非常にシンプルで、山の中で恋する男の心情を歌ったものです。曲調は、繰り返しのある旋律となっており、民謡らしい明るく元気な雰囲気が特徴です。また、歌詞に合わせて踊る「山中踊り」という踊りもあり、全国的にも知られています。<br />
<br />
「山中節」の起源ははっきりとはわかっていませんが、石川県内で広く歌われている民謡として、江戸時代から伝承されているとされています。また、石川県内の山中地域で生まれた民謡であるとも言われています。<br />
<br />
「山中節」は、石川県を代表する民謡の一つであり、石川県内のイベントや祭りなどでも、しばしば歌われる曲です。また、多くの歌手によってカバーされ、全国的にも広く知られています。<br />
<br />
<br />
あながち間違った内容でもなさそうですが、<br />
続いて　こんな質問をしてみましたが、<br />
これがとにかくムチャクチャです(笑)<br />
<br />
<br />
質問　石川県の民謡　山中節の歌詞を教えてください<br />
<br />
答<br />
<br />
石川県の民謡「山中節」の歌詞をお教えいたします。以下に掲載いたします。<br />
<br />
<br />
山の中の松の木も<br />
一本あるごとに<br />
あの娘思い出させる<br />
あの娘思い出させる<br />
（実際の歌詞は、忘れしゃんすな～　山中道を～なんですが、<br />
思い出させたんですね）<br />
<br />
<br />
紅葉狩りもいいけれど<br />
ここはあの娘の山<br />
山は好きでも来たのは<br />
あの娘に逢いたいから<br />
（こちらも実際は、山が赤なる　木の葉が落ちる~なんですが・・・）<br />
<br />
<br />
山賊が出て来ても<br />
<br />
腰には拳銃だし<br />
命なくとも逢いたい<br />
あの娘に逢いたいから<br />
<br />
<br />
山中に響く拳銃の<br />
音を聞きながら<br />
心はあの娘とともに<br />
心はあの娘とともに<br />
<br />
<br />
<br />
（実際の歌詞の中には<br />
♪鉄砲かついで来た山中で　獅子も打たずにから戻り<br />
っていうのもありますけど、さすがに拳銃はどうかと思います笑)<br />
<br />
<br />
<br />
最後にこんな質問をしてみました。<br />
山中温泉のおすすめランチを教えてください<br />
<br />
<br />
山中温泉には、温泉地内にあるお店や、周辺の観光地にあるお店など、いくつかのおすすめのランチスポットがあります。以下にいくつか紹介します。<br />
<br />
1.そば処 山賊 - 山中そばや和定食が人気のお店です。温泉地内にあるので、温泉と一緒に楽しめます。<br />
<br />
2.民芸館 森のレストラン - 森の中にあるレストランで、ヘルシーなランチが楽しめます。加賀野菜を使った料理や、地元産の山中そばなどがおすすめです。<br />
<br />
3.四季彩 陶芸とカフェ - 陶芸体験ができるお店の中に、カフェが併設されています。地元産の野菜を使ったランチセットや、手作りケーキなどが楽しめます。<br />
<br />
4.飛騨牛と魚料理 鶴雅 - 美味しい飛騨牛が味わえるお店です。ランチメニューもあるので、手軽に楽しめます。<br />
<br />
5.道の駅やまなか温泉 ゆず庵 - 温泉街から少し離れた場所にある道の駅のレストランで、ゆずを使ったメニューが豊富です。山菜そばやゆずラーメンなど、ユニークなメニューが楽しめます。<br />
<br />
以上が、山中温泉周辺のおすすめランチスポットです。お店によっては、混雑することもあるので、事前に予約することをおすすめします。<br />
<br />
<br />
<br />
どれも聞いたことのないお店ばかり・・・(笑)<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 06 Mar 2023 22:46:50 +0900</pubDate>
      <dc:date>2023-03-06T22:46:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節 一枚の絵を探してみた その5</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241549532/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241549532/</guid>
      <description><![CDATA[この話の続きです↓<br />
<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その1↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241539403/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その2↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241542864/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その3↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241543808/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その4↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241546311/<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
前回のブログでは、山中町史の口絵の『山中の湯』に書かれていた<br />
『金沢市県立中央図書館』とは、今話題の『百万石ビブリオバウム』でしたってお話を書きました。<br />
という事で、続きです。<br />
<br />
「この絵画は山中節を語るうえで大変貴重なもの。いつか現物を山中温泉に飾りたいが、所在が全くわからない」医王寺住職さんの一言から始まったこのプロジェクトに、快く賛同してくれたA谷議員さん。<br />
日頃から山中節の振興に尽力しているだけあってフットワークが軽い。<br />
さっそく、石川県立図書館『百万石ビブリオバウム』に照会をかけてくれました。<br />
ただ、旧館から新館への引っ越しのタイミングだった為、<br />
図書館サイドからは7月16日のオープン以降に調査しますとの返答を頂きました。<br />
そして先日・・・<br />
A谷議員さんは、あらためて『百万石ビブリオバウム』まで出向いて調査をしてきてくれました。<br />
A谷さんありがとうございます。<br />
<br />
<br />
<br />
で、調査結果は・・・<br />
現物の絵画は所蔵していなくて、<br />
私も持っている『文部省第八回　美術展覧会図録　日本画之部』（大正3年発刊）を所蔵しているという事でした。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/26/25/a0041925_20402077.jpg" alt="_a0041925_20402077.jpg" class="IMAGE_MID" height="629" width="456" /></center><br />
数少ない手がかりに期待するも、結局この絵画の所在がわからず・・・<br />
↓山中町史の口絵に書かれた一文は、<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/31/25/a0041925_21464113.jpg" alt="_a0041925_21464113.jpg" class="IMAGE_MID" height="73" width="500" /></center>&lt;広田百豊筆「山中の湯」（文部省第８回美術展覧会図録　大正8年）（金沢市県立中央図書館所蔵）<br />
<br />
<br />
ん～～確かに（展覧会図録）と書いてある・・・<br />
↑ちなみに大正8年と書かれていますが、大正3年の間違いです。<br />
<br />
<br />
続いて、A谷さんは次の一手を打ち、加賀市美術協会の長谷川理事長に相談。<br />
<br />
長谷川先生からは、「県下の会員に照会して探してみる」と心強いお言葉を頂きました。<br />
こちらの結果は、わかり次第報告します。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/31/25/a0041925_21463867.jpg" alt="_a0041925_21463867.jpg" class="IMAGE_MID" height="323" width="500" /></center><br />
と、いう事で、今現在、↑この絵画の所在は全くわかっていません。<br />
<br />
ただ、『山中の湯』を山中温泉に飾りたいプロジェクトは、少しづつ広がりを見せているのも確か。<br />
もし、この絵画の事を知っている方がいましたら、ご連絡をいただけると嬉しいです。<br />
<br />
<br />
とりあえず、この話は続く。（いつになるかわかりませんが・・・）<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 07 Aug 2022 20:42:20 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-08-07T20:42:20+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節 一枚の絵を探してみた その4</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241546311/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241546311/</guid>
      <description><![CDATA[この話の続きです↓<br />
<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その1↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241539403/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その2↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241542864/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その3↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241543808/<br />
<br />
<br />
<br />
山中温泉出身の日本画家　広田百豊が大正3年に発表した絵画『山中の湯』について書いています。<br />
前回のブログでは、昭和34年発刊の山中町史に載っている『山中の湯』について書きました。<br />
という事で、続きです。<br />
<br />
<br />
<br />
6月にこんなブログを書きました。<br />
<br />
<br />
大聖寺の鴻玉荘で、広田百豊企画展をロングランで開催しているとの事で、<br />
何か情報を入手できないかと、行ってきました。<br />
館内には、加賀市が所蔵する絵画や愛用品の数々が展示されていました。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/29/25/a0041925_21341048.jpg" alt="_a0041925_21341048.jpg" class="IMAGE_MID" height="305" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
ちなみに、大聖寺敷地の菅生石部神社には、「走馬図」という、躍動感あふれる二匹の馬を描いた板戸があるそうです。<br />
ん～見てみたい～。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/29/25/a0041925_21340754.jpg" alt="_a0041925_21340754.jpg" class="IMAGE_MID" height="668" width="456" /></center><br />
<br />
<br />
いろいろと展示品を見て回ったんですが、残念ながらここでは手がかりが何も見つからず・・・。<br />
<br />
<br />
そこで、山中町史に載っていた<br />
『広田百豊筆「山中の湯」（文部省第８回美術展覧会図録　大正8年）（金沢市県立中央図書館所蔵）』<br />
をヒントに金沢市県立中央図書館を調べてみることに。<br />
<br />
<br />
ところが、速攻で壁にぶち当たります・・・<br />
『金沢市県立中央図書館』なんて施設がないのです。<br />
<br />
昭和34年発刊の町史から考えると、昭和34年の時点では存在していたが、今はない。<br />
おそらく、名称を変更したか、それとも廃館になったか・・・<br />
<br />
<br />
そこで、日頃から山中節の振興に尽力しているA谷議員さんに相談することに。<br />
<br />
<br />
「この絵画は山中節を語るうえで大変貴重なもの。いつか現物を山中温泉に飾りたいが<br />
どこにあるのか全くわからない」医王寺住職さんの一言から始まった一連の経緯を話すと、<br />
<br />
凄く賛同してくれまして、さっそく調べてくれました。<br />
<br />
<br />
すると、『金沢市県立中央図書館』は、今話題の『百万石ビブリオバウム』だったのです。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202208/03/25/a0041925_20403981.jpg" alt="_a0041925_20403981.jpg" class="IMAGE_MID" height="323" width="500" /></center>画像はホームページから借用しました。<br />
<br />
<br />
と、いう事で、この話はもう少し続きます。<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 03 Aug 2022 20:53:27 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-08-03T20:53:27+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　一枚の絵を探してみた　その3</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241543808/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241543808/</guid>
      <description><![CDATA[この話の続きです↓<br />
<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その1↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241539403/<br />
今日の山中節 一枚の絵を探してみた その2↓<br />
https://choraku.exblog.jp/241542864/<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
山中温泉出身の日本画家　広田百豊が大正3年に発表した絵画『山中の湯』について書いています。前回のブログでは、百豊のプロフィールと山中座の展示スペースについて書かせてもらいました。<br />
<br />
という事で、続きです。<br />
<br />
以前、医王寺の鹿野住職さんが、<br />
「この絵画は山中節を語るうえで大変貴重なもの。いつか現物を山中温泉に飾りたい。<br />
ただ、どこにあるのか、誰が所有しているのか全くわからない」と仰っていました。<br />
それどころか、絵の大きさは？　色は？モノクロ？カラー？　兎に角この絵画はわからないことだらけなのです。<br />
<br />
<br />
<br />
↓何か手掛かりはないかと、ご近所さんから昭和34年発刊の山中町史を借りてきました。<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/31/25/a0041925_21463686.jpg" alt="_a0041925_21463686.jpg" class="IMAGE_MID" height="746" width="406" /></center>実は、この本の口絵に、『山中の湯』が載っています。先述の山中座ロビーの説明パネルに使用した挿絵も、この画像を利用させて頂きました。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/31/25/a0041925_21463380.jpg" alt="_a0041925_21463380.jpg" class="IMAGE_MID" height="290" width="500" /></center><br />
この絵画に関する手掛かりが書いてないか町史の本文をくまなく詮索するも、何も見つからず・・・<br />
そんな折、文部省美術展覧会の出品作品のポストカードが、当時お土産として人気があったとの情報を入手。これはもしかして『山中の湯』のポストカードも存在するのではないかと、探しまわりました。<br />
そして、何とか見つけました。↓ポストカード『山中の湯』<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/31/25/a0041925_21463867.jpg" alt="_a0041925_21463867.jpg" class="IMAGE_MID" height="323" width="500" /></center><br />
モノクロでしか見たことのなかった『山中の湯』<br />
やはりカラーで見ると、娘たちの生き生きとした表情や仕草が鮮明に浮かび上がり、当時の様子がよくわかります。あらためて現物を見てみたくなりました。<br />
話は山中町史にもどり…口絵の『山中の湯』の下には、このように書かれています。広田百豊筆「山中の湯」（文部省第８回美術展覧会図録　大正8年）（金沢市県立中央図書館所蔵）<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/31/25/a0041925_21464113.jpg" alt="_a0041925_21464113.jpg" class="IMAGE_MID" height="73" width="500" /></center>町史が昭和34年発刊と考えると、少なくとも昭和34年の時点では金沢市県立中央図書館が所蔵していたって事か？と、仮説を立てまして、この話は続きます。<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 31 Jul 2022 23:37:28 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-07-31T23:37:28+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　一枚の絵を探してみた　その2</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241542864/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241542864/</guid>
      <description><![CDATA[この話の続きです↓<br />
<br />
<br />
前回のブログでは、山中温泉出身の日本画家　広田百豊が、大正3年に開催された第八回美術展覧会に<br />
浴衣べを描いた作品『山中の湯』を出品したってお話を書きました。<br />
<br />
今回は広田百豊のプロフィールをご紹介したいと思います。<br />
<br />
<br />
日本画家　広田百豊　（広田才一郎）<br />
明治9年～昭和30年<br />
山中村に生まれ、叔父で旧大聖寺藩士広田亥一郎の養子となり大聖寺で育ちました。<br />
<br />
ちなみに、出生地が山中温泉のどこなのかは、調べましたがわからず…。<br />
教員免許を取得し、塩屋・山中・大聖寺の小学校の教壇に立ち、後に京都へ転出し教職を続けるも、しばらくして辞職。<br />
そして、明治44年に近代日本画の開祖と称される竹内栖鳳に師事します。<br />
同年、第5回文部省美術展覧会(文展)に 「厩」を出品し、文部大臣賞を受賞。<br />
以後、第10回文展まで連続で入選を果たしています。<br />
百豊は、人物画や動物、風景の描写に優れており、特に、郷里の女性や風景をモチーフにした作品は、極めて高く評価されております。<br />
<br />
浴衣べを描いた『山中の湯』もまさにそのひとつと言えます。<br />
<br />
<br />
<br />
2015年、山中節に造詣が深い医王寺の鹿野住職さんが、<br />
山中節の資料を常設展示できるスペースを山中座に作るプロジェクトを始動。<br />
私もお手伝いをさせていただきました。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/30/25/a0041925_22205497.jpg" alt="_a0041925_22205497.jpg" class="IMAGE_MID" height="315" width="500" /></center><br />
↑ここには、初代米八の功績を称える資料の数々や愛用の三味線の他、山中節に関わる資料などが展示してあります。<br />
その展示スペースの左側、『伝統芸能 山中節　発祥と歴史』コーナーのなかで、『ゆかたべー』の説明パネルに百豊の『山中の湯』を使わせていただいております。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/30/25/a0041925_22205674.jpg" alt="_a0041925_22205674.jpg" class="IMAGE_MID" height="348" width="500" /></center><br />
当時、この説明パネルを製作中にプロジェクトリーダーの住職さんが、「この絵画は山中節を語るうえで大変貴重なもの。いつかパネルではなく現物を山中温泉に飾りたい。ただ、どこにあるのか、誰が所有しているのか全くわからない」と仰っておりました。<br />
という事で、この話はまだ続きます。<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 30 Jul 2022 23:02:44 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-07-30T23:02:44+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　一枚の絵を探してみた　その１</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241539403/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241539403/</guid>
      <description><![CDATA[<br />
山中節の起源について、広く定説になっている北前船説。<br />
山中芸妓組合のサイトを引用すると、<br />
『日本三大民謡のひとつと数えられる「山中節」は、元禄の頃から唄われ始めたと伝えられています。<br />
日本海を往来した加賀の北前船の船頭さんが、習いおぼえた北海道の松前追分や江差追分をお湯に浸かって口ずさみ<br />
それを聞いた浴衣べが、山中なまりで真似たのが「山中節」の始まりと言われています。』<br />
<br />
<br />
↓山中温泉の中心 菊の湯の横に、『山中節発祥之地』の碑が建っています。<br />
<br />
あまり目立たないので、気付かない方もいるのでは？<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/26/25/a0041925_20401824.jpg" alt="_a0041925_20401824.jpg" class="IMAGE_MID" height="345" width="500" /></center><br />
『今日の山中節』は、その浴衣べが描かれた日本画についてです。<br />
<br />
手元に、大正3年に発刊された『文部省第八回　美術展覧会図録　日本画之部』があります。<br />
ちなみに、文部省美術展覧会とは、現在の日展の前身で明治40年に創設された文部省主催の総合的な美術展覧会です。<br />
この書には、大正3年に開催された第八回美術展覧会　日本画の部に出品された作品が掲載されています。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/26/25/a0041925_20402077.jpg" alt="_a0041925_20402077.jpg" class="IMAGE_MID" height="629" width="456" /></center><br />
<br />
実はこの展示会には、山中温泉出身の日本画家　広田百豊の作品『山中の湯』も出品されており、<br />
山中節の一節<br />
♪ゆかた肩にかけ　戸板にもたれ　足で呂の字を書くわいな<br />
歌詞の世界観そのままに、菊の湯の入口で浴衣を肩にかけて浴客を待つ少女（べ）の姿が生き生きと描かれています。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202207/26/25/a0041925_20402390.jpg" alt="_a0041925_20402390.jpg" class="IMAGE_MID" height="293" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
と、いう事で、この話はもう少し続きます。<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 26 Jul 2022 22:29:32 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-07-26T22:29:32+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　二天の橋or茶屋問題を考えてみたの巻　番外編</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241468772/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241468772/</guid>
      <description><![CDATA[この話の続きです↓<br />
今日の山中節　二天の橋or茶屋問題を考えてみたの巻　その1→　https://choraku.exblog.jp/241465060/<br />
今日の山中節　二天の橋or茶屋問題を考えてみたの巻　その2→　https://choraku.exblog.jp/241465908/<br />
今日の山中節　二天の橋or茶屋問題を考えてみたの巻　その3→　https://choraku.exblog.jp/241467864/<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/31/25/a0041925_21352226.jpg" alt="_a0041925_21352226.jpg" class="IMAGE_MID" height="295" width="500" /></center>前回までのブログでは、山中節の代表的な歌詞のひとつ<br />
♪送りおくりましょうか～　送られましょか～　せめて二天の橋までも～<br />
この歌詞に別ヴァージョンが存在していたって話を書きました。<br />
今日のブログはまったくの番外編です。<br />
二天橋を調べていたら、兄弟のようなそっくりな橋を見つけたってお話です。<br />
<br />
<br />
現在の二天橋は、昭和6年に架け替えられました。<br />
ちなみにこの橋は、鋼ボーストリング・トラス橋というらしく、<br />
ボーストリング（bow-string）弓と弦の形をした、トラス構造（三角形を基本単位としてその集合体で構成する構造形式）の橋って意味だそうです。<br />
石川県下には、この構造の橋が3橋あるそうで、そのうち２つが加賀市にあるのです。<br />
しかも、とてもよく似ているという事で、さっそく探しに行ってきました。<br />
<br />
<br />
↓こちらは山中節の舞台、二天橋。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/31/25/a0041925_18271090.jpg" alt="_a0041925_18271090.jpg" class="IMAGE_MID" height="283" width="500" /></center><br />
↓こちらが大聖寺福田町に架かる福田橋。　確かに二天橋にそっくり。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/31/25/a0041925_18271208.jpg" alt="_a0041925_18271208.jpg" class="IMAGE_MID" height="288" width="500" /></center>ちなみに福田橋は昭和11年に架け替えられました。二天橋より5歳年下の弟です。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/31/25/a0041925_18271409.jpg" alt="_a0041925_18271409.jpg" class="IMAGE_MID" height="289" width="500" /></center>↑↓横から見ると、さらに似ているのがわかります。上/二天橋・下/福田橋<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/31/25/a0041925_18271521.jpg" alt="_a0041925_18271521.jpg" class="IMAGE_MID" height="311" width="500" /></center><br />
石川県下に３つある鋼ボーストリング・トラス橋ですが、最後の一つが白山市にありました。白山市出合町にある出合大橋です。こちらは福田橋の一歳年下の昭和12年生まれ。↓トラス橋梁三兄弟、やっぱり似ている。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/31/25/a0041925_18272349.jpg" alt="_a0041925_18272349.jpg" class="IMAGE_MID" height="305" width="500" /></center><br />
二天橋の親柱にあった突起物、これはいったい何かと思ったら？<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/31/25/a0041925_18272628.jpg" alt="_a0041925_18272628.jpg" class="IMAGE_MID" height="342" width="500" /></center><br />
その答えは、福田橋の看板にありました↓<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/31/25/a0041925_18272753.jpg" alt="_a0041925_18272753.jpg" class="IMAGE_MID" height="394" width="500" /></center><br />
福田橋の完成時の写真をみると、二天橋の突起物は手すりの跡だとわかります。さすが兄弟と思った次第です。<br />
<br />
おわり<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 31 May 2022 21:29:27 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-05-31T21:29:27+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　二天の橋or茶屋問題を考えてみたの巻　その3</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241467864/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241467864/</guid>
      <description><![CDATA[この話の続きです↓<br />
今日の山中節　二天の橋or茶屋問題を考えてみたの巻　その１→　https://choraku.exblog.jp/241465060/<br />
<br />
今日の山中節　二天の橋or茶屋問題を考えてみたの巻　その2→　https://choraku.exblog.jp/241465908/<br />
<br />
<br />
<br />
前回のブログでは、山中節の代表的な歌詞のひとつ<br />
♪送りおくりましょうか～　送られましょか～　せめて二天の橋までも～<br />
この歌詞に、♪二天の茶屋までも～　と唄う別のヴァージョンが存在し、<br />
少なくとも大正期には、どちらも唄われていた事を紹介しました。<br />
<br />
<br />
今日のブログでは、大正期よりもう少し時代を遡ってみたいと思います。<br />
<br />
<br />
大正14年に発刊された『石川縣江沼郡誌』第九章交通　藩政時代の陸路の項には以下のように記されています。<br />
江沼郡國内行路　<br />
一、山中温泉道府城より山中至二里半　其歴所南郷、吸坂、茶屋、黒瀬、河南、二店茶屋、中田、長谷、田上、原、塚谷、山中。<br />
又山代より別所を經て二店茶屋至道有。（後略）<br />
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山中節の発祥時期が、江戸時代元禄期（1688～1704）だと言われています。<br />
まだ、「山中節」とは呼ばれていない時代ですが、前述の通り、すでに二店茶屋が存在していたことがわかります。<br />
<br />
<br />
これは、『加賀江沼雑記（山口隆治著）』によると、中田村と小菅波村が大聖寺藩より「茶屋役」に課せられており、<br />
それぞれ、中田村の出村であった日天村の「日天茶屋」と、小菅波村の「天日茶屋」が存在、どちらも繁盛していたそうです。<br />
<br />
<br />
さらに、『加賀の道1（石川県教育委員会編）』によると、日天茶屋には、「川方」「山方」の二軒の茶屋が二天橋詰に存し、<br />
名物の鮎鮨を売っていたそうです。<br />
また、二天橋は貞享年中（1684～1687）、大聖寺藩主二代前田利明によって架けられ、<br />
江戸後期は長さ十四間、幅六尺三寸の板橋とり、昭和6年に現在の鉄橋となりました。<br />
<br />
<br />
元禄期に山中節が産声をあげた草創と期を同じくして、二天橋が架けられ、そして茶屋が店開き、日本海では北前船が活躍し、<br />
二天茶屋村は次第に、船頭と湯女との哀情を催す唄の舞台へと変貌していきました。<br />
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<br />
※文献により、二店茶屋、日天茶屋、二天茶屋と表記ゆれがあります。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/30/25/a0041925_20524125.jpg" alt="_a0041925_20524125.jpg" class="IMAGE_MID" height="268" width="500" /></center><br />
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って事で、もうちょっと続きます。<br />
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]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 30 May 2022 22:33:34 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-05-30T22:33:34+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　二天の橋or茶屋問題を考えてみたの巻　その2</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241465908/</link>
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      <description><![CDATA[この話の続きです↓<br />
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前回のブログでは、山中節の代表的な歌詞のひとつ♪送りおくりましょうか～　送られましょか～　せめて二天の橋までも～<br />
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この歌詞に、♪二天の茶屋までも～　と唄う別のヴァージョンが存在することを紹介しました。<br />
ただ、この茶屋ヴァージョンは今現在、ごく一部でのみ唄われてるようです。<br />
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では、以前はどうだったのでしょう。<br />
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1900年（明治33年）、逓信省が私製葉書の使用を解禁、ほどなく日本中に絵はがきブームが到来します。<br />
山中温泉でも、観光土産品として盛んに制作されました。<br />
なかでも、温泉民謡として知名度のあった山中節の歌詞と、<br />
それにちなんだ山中温泉の名勝を組み合わせた絵はがきは、特に人気が高かったようです。<br />
<br />
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以下に紹介する2枚の絵はがきは、どちらも二天の橋の写真に歌詞を組み合わせたもので、<br />
大正期に発売されたものです。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/27/25/a0041925_22071125.jpg" alt="_a0041925_22071125.jpg" class="IMAGE_MID" height="325" width="500" /></center><br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/27/25/a0041925_22071352.jpg" alt="_a0041925_22071352.jpg" class="IMAGE_MID" height="313" width="500" /></center>上の絵葉書では、♪せめて二天の橋までも～　となっていますが、下の絵葉書では、♪せめて二天の茶屋までも～　になっているのがわかります。どちらも山中温泉の観光土産として同時期に広く販売されていた事に鑑みて、少なくとも大正期では二つの歌詞が共存しており、どちらも唄われていたと考えるのが妥当です。<br />
<br />
この時代、唄も三味線もどこから始まってどこで終わってもよいとされており、<br />
まさに演者によってそれぞれが違ってよかったようです。<br />
事実、その頃の音源を聴き比べると、旋律や歌詞が、演者の力量と個性に委ねられていたことがわかります。<br />
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<br />
という事で、この話はまだ続きます。<br />
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]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 28 May 2022 23:19:41 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-05-28T23:19:41+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>今日の山中節　二天の橋or茶屋問題を考えてみたの巻　その１</title>
      <link>http://choraku.exblog.jp/241465060/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://choraku.exblog.jp/241465060/</guid>
      <description><![CDATA[♪送りおくりましょうか～　送られましょか～　せめて二天の橋までも～<br />
<br />
船頭と湯女との哀情を催す、山中節の代表的な歌詞のひとつであり、今日まで、多くの方に唄われています。<br />
ところが、この歌詞には、別の歌詞が混在するのはご存知でしょうか。<br />
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♪送りおくりましょうか～　送られましょか～　せめて二天の茶屋までも～<br />
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一部では、このようにも唄われており、<br />
この、『二天の橋』と『二天の茶屋』の違いが気になり、調べてみました。<br />
と、いう事で、橋or茶屋問題について深く掘り下げてみたいと思います。<br />
<br />
まず、<br />
山中節振興会が発刊する山中節歌詞集は　♪せめて二天の橋までも～<br />
と記載されており、こちらが正式な歌詞として広く知れ渡っているのは、ご承知の通り。<br />
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<br />
では、一部で唄われている　♪せめて二天の茶屋までも～　が、間違いかというと、そうとも言えないのです。<br />
実際に多くの演者が、”二天の茶屋”と唄い、多くの楽曲が認知されています。<br />
<br />
安来節の女王と言われた民謡歌手　黒田幸子は1963年発売の『山中ぶし』(king EB-5154)の中で、<br />
その粘りと豊かな声量で、　♪せめて二天の茶屋までも～と歌い上げています。<br />
<br />
大正中期から昭和初期にかけて活躍した俗曲師、山村豊子もまた、そのひとり。<br />
美声で人気を博した彼女は、端唄や小唄など幅広いレパートリーを持っており、<br />
山中節の音源も多く残しています。<br />
<br />
<br />
そして、秋の風物詩『山中節道中流し』の総合プロデューサー本條秀太郎が1969年に発表した『俚奏楽 雪の山中』(TACHIBANATACD0005)<br />
この中でも、♪せめて二天の茶屋までも～　と唄っているのです。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202205/27/25/a0041925_22070814.jpg" alt="_a0041925_22070814.jpg" class="IMAGE_MID" height="328" width="500" /></center><br />
って事で、この話はまだまだ続きます。<br />
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]]></description>
      <dc:subject>今日の山中節</dc:subject>
      <dc:creator>choraku</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 27 May 2022 23:41:47 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-05-27T23:41:47+09:00</dc:date>
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